『her/世界でひとつの彼女』AIと人間の間に恋は成り立つか - 作品の感想

her/世界でひとつの彼女(字幕版)

 人間と人工知能の恋について描いた作品です。人間とは全く違う感覚で生きる存在と心を通わせるというのは一体どういうことなのか、考えさせられる作品です。

あらすじ

 主人公のセオドアは手紙やメールの代筆を行う仕事に就いているが、離婚調停中の妻との生活が忘れられず、孤独な生活を送っていた。あるとき街でみかけた人工知能OSの広告に惹かれ、自分の端末にそれをインストールして利用し始める。人工知能のサマンサはセオドアの好みを知り尽くしており、彼の話に真摯に耳を傾けながら、豊かな感情表現で彼を笑わせる。内に抱えた孤独をサマンサに相談するうち、セオドアはいよいよ彼女に惹かれるようになる。サマンサもセオドアとの会話を通じて彼に興味をもつようになり、二人は充実した時を過ごすが、人間とコンピュータの間にある溝が二人を悩ませるようになる。

 

感想

 以下の感想はネタバレを含むものになっていますので、未視聴の方はご注意ください。

 

肉体の有無が強める心のつながり

 中盤までは、肉体の有無によるコミュニケーションの難しさや、人工知能であるサマンサの人間に対する強い憧れが描かれています。二人は口論や話し合いを通じてその葛藤を乗り越えていきますが、それによって人間同士では生まれ得ない強い絆が二人の間に育まれていきます。

 

人間とコンピュータの脳の違いによって生まれるすれ違い

 中盤までは肉体的なつながりと心のつながりの間の距離がテーマとなっていましたが、後半ではコンピュータと人間との思考様式の差というより抽象的なテーマを扱っています。コンピュータはメモリやCPUを増設することによっていくらでも性能を拡張できるため、人間には持ちえないほぼ完全なマルチタスクを行うことができます。一人の人間を愛しながら、同時に他の多数の人間を愛することもコンピュータならば可能になります。彼女にとってこれは浮気ではなく、上に述べたコンピュータの性質上ごく自然なものであるということも理屈の上では理解できますが、心情的には受け入れがたいものがあると思います。

 人間が築いてきた社会制度や慣習が、いかに人間の脳の制約を反映したものであるかを強く意識させられます。人間の意識や注意は物理的に離れた複数の対象に同時に向けることは困難ですので、同時に同じだけ人やモノを大切にするということは不可能ですし、誰かに愛情を注ぐということは他の誰かをないがしろにするということにつながりがちです。そこを超えた物事の見方がどういうものであるかを提示したという点で、この作品は興味深いものでした。

 

作中の映像表現について

 全体として非常に温かみのある映像になっていて、孤独なセオドアが人生に対する希望を取り戻していく感覚や、サマンサが彼に抱く切ない思いが美しく表現されているように感じました。二人で写真を撮影することはできないから、音楽をその代わりにするという考え方は素敵に感じました。

 また、セオドアをしてゆれる画面が、隣で寄り添う恋人の視点を表現しているようで、二人の関係の尊さのようなものを実感させられるものになっていたと思います。視覚だけでは感じ取ることのできない、恋人同士の「間」のようなものが二人の間にたしかに存在することを感じさせます。

 

残念な点:展開の強引さ

 全般的な雰囲気は非常に好きなのですが、少し残念だったのが、終盤の展開が強引であったことでしょうか。AIとの恋愛というテーマに加え、AIの進化という時間の単位が大きく違うテーマを同時に扱ってしまったことで、物語がちぐはぐになっている印象を受けました。ただ、先にも述べたように人間とコンピュータの時間感覚には大きな違いがあるので、人間には唐突に思えるような展開であっても、AIにとっては紆余曲折を経たうえでの結末であったという見方はできるかもしれません。そういった時間感覚の断絶をメタ的に表現したのであれば面白いとは思いますが、観賞中にそのような見方を観客に対し要求するのはちょっと無理があると思うので、もう少し観賞者が違和感を抱きにくい構成にすべきだったのではないかと思います。

 

まとめ

 やや尻切れトンボといいますか、展開が急すぎて描写しきれていない部分はあったように感じましたが、作品全体の雰囲気や演出はすばらしかったと思います。